長崎市内
スタンダートコース(3時間)

普通車 ¥15,780大型車 ¥22,500ジャンボ ¥23,280

観光行程

1. お迎え 駅・ホテルまでお迎え 
長崎駅または長崎市内のご宿泊ホテルまでお迎えします。
2. 一本柱鳥居
車窓
原爆の脅威をヒシヒシと伝える貴重な被爆遺構
3. 原爆資料館 
滞在時間 40分
「長崎を最後の被爆地に」原爆の脅威と平和の尊さを伝え、恒久平和を世界に発信
4. 平和公園(平和祈念像・平和の泉)
滞在時間 20分
原爆犠牲者の冥福と恒久平和を願う祈りの空間
5. 浦上天主堂  
車窓
度重なる苦難を乗り越えた浦上信徒により築かれた教会
6. 二十六聖人記念館 
滞在時間 15分
ザビエル来日以降の日本のキリスト教の歴史文化を紹介した資料館
7. 眼鏡橋
滞在時間 15分
日本三大名橋に数えられる現存最古のアーチ型石橋の一つ。国指定重要文化財
8. 崇福寺
車窓
中国との交流の歴史を今に伝える文化財の宝庫
9. オランダ坂
車窓
外国人居留地の名残で異国情緒あふれる東山手エリアの石畳の坂道
10. 大浦天主堂  
滞在時間 大浦天主堂とグラバー園を合わせて40分
世界の宗教史上に残る劇的な「信徒発見」の舞台
ユネスコの世界文化遺産に登録された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産のひとつです。
11. グラバー園  
滞在時間 大浦天主堂とグラバー園を合わせて40分
長崎港の大パノラマを見下ろす南山手の丘に位置し、異国情緒あふれる長崎屈指の人気観光スポットです。
国指定重要文化財の旧グラバー住宅・旧リンガー住宅・旧オルト住宅をメインに、市内に点在していた6つの明治期の洋館を移築し復元しています。
12. お送り 駅・ホテルまでお送り 
長崎駅または長崎市内のご宿泊ホテルまでお送りします。

観光マップ

観光スポット

一本柱鳥居

日本二十六聖人殉教地へと続く旧浦上街道沿いにある山王神社は、爆心地から南東約800mの場所の高台にあり、1945(昭和20)年8月の原爆投下により被害を受けました。社殿は跡形もなく崩れましたが、1950(昭和25)年に再建され現在に至ります。

山王神社の参道には、一本柱鳥居と呼ばれ親しまれている鳥居があります。もともと鳥居は4つありましたが被爆によりその2つが強烈な爆風とともに倒壊しました。残った鳥居のうち1つは戦後、交通事故により撤去されたため、現在も当時のままの姿で立っているのは右半分の柱だけを残した一本柱鳥居のみとなりました。被爆時に吹き飛ばされた左半分はすぐ近くの道路に保存されており見ることができます。住宅街にひっそりと街を見下ろす位置に立っており、原爆の悲惨さを現代に語り継いでいます。※「長崎市公式観光サイト「travel nagasaki」」より引用

原爆資料館 

1945年8月9日 午前11時2分。
広島原爆投下から3日後、長崎市内の浦上地域上空で原子爆弾が炸裂し、付近は一瞬のうちに廃墟と化し約15万人の尊い命が奪われました。
この資料館では被爆の惨状をはじめ原爆が投下されるに至った経過や核兵器開発の歴史などを紹介し、被爆から現在までの長崎の復興の様子をストーリー性のある展示を交えながら、核兵器のない世界の実現に向けて平和を発信しています。

※「長崎市公式観光サイト「travel nagasaki」」より引用

平和公園(平和祈念像・平和の泉) 

1945年8月9日 午前11時2分。
広島原爆投下から3日後、長崎市内の浦上地域上空で原子爆弾が炸裂し、付近は一瞬のうちに廃墟と化し約15万人の尊い命が奪われました。
この資料館では被爆の惨状をはじめ原爆が投下されるに至った経過や核兵器開発の歴史などを紹介し、被爆から現在までの長崎の復興の様子をストーリー性のある展示を交えながら、核兵器のない世界の実現に向けて平和を発信しています。

※「長崎市公式観光サイト「travel nagasaki」」より引用

浦上天主堂 

長崎市のキリシタンの聖地のひとつ浦上地区にあり、キリシタン弾圧の禁制をとかれ自由を得た信徒達によって建設が計画された浦上教会(浦上天主堂)。資金難の苦労を乗り越え1914年に東洋一を誇るレンガ造りのロマネスク様式大聖堂として献堂式があげられました。正面双塔にフランス製のアンジェラスの鐘が備えられましたが、そのわずか20年後の1945年、原爆により浦上教会は無惨にも少しの堂壁を残し壊滅、アンジェラスの鐘も鐘楼もろとも崩れ落ちました。

現在の建物は原爆投下から約14年後の1959年にコンクリートで再建されたのち、1980年にレンガタイルで改装し、当時の姿に似せて復元されました。周囲には被爆遺構の石像などが配され、今も原爆の爆風に耐えたもう一方のアンジェラスの鐘が時を告げています。
※「長崎市公式観光サイト「travel nagasaki」」より引用

二十六聖人記念館  

191597年2月5日、豊臣秀吉のキリシタン禁教令により日本で初めてキリシタン26人が処刑されました。殉教の地である「西坂の丘」に1962年、日本二十六聖人列聖100年を記念して建立された資料館で、世界的に知られるカトリック教徒の公式巡礼地です。

建物は記念聖堂と共に建築家・今井兼次氏の設計で、二十六聖人の等身大ブロンズ像がはめ込まれた記念碑は彫刻家・舟越保武氏の作品です。

※「長崎市公式観光サイト「travel nagasaki」」より引用

眼鏡橋

1634(寛永11)年、興福寺の黙子如定(もくす にょじょう)禅師が架設したとされている眼鏡橋。川面に映る影が双円を描き「メガネ」に見えることからこの名前がついたと言われ、東京の「日本橋」、山口の「錦帯橋」と並び日本三名橋に数えられます。
1982年の長崎大水害で一部崩壊しましたが翌年復元され、国の重要文化財に指定されています。

中島川護岸にあるハートストーンは恋愛成就のパワースポットとして注目されているので、訪れた際にはぜひ探してみてください。
※「長崎市公式観光サイト「travel nagasaki」」より引用

オランダ坂

洋風住宅が立ち並び異国情緒あふれる東山手地区にある石畳の坂です。
江戸時代日本で唯一貿易が行われていた長崎では、出島に住むオランダ人の影響か開国後も東洋人以外の人を「オランダさん」と呼んでいました。そのため当時「オランダさんが通る坂」という意味で外国人居留地にある坂はすべてオランダ坂と呼んでいたと考えられています。現在は、主に活水女子大学下の坂、活水坂、誠孝院(じょうこういん)前の坂がオランダ坂と呼ばれています。

※「長崎市公式観光サイト「travel nagasaki」」より引用

崇福寺

福州地方の唐人たちの希望で、1629年に渡来した唐僧超然により創建された崇福寺は福州寺とも呼ばれ、竜宮門を思わせる三門や珍異奇巧を極めている第一峰門があります。

殿堂内の仏像仏具類は、いづれも中国人名匠の手によるもので、明朝末期文化の縮図といえるものです。
第一峰門と大雄宝殿は国宝に指定され、その他にも国指定重要文化財、県指定有形文化財、市指定有形文化財を多数もつ文化財の宝庫です。

長崎の唐寺の特色は媽祖堂福州地方の唐人たちの希望で、1629年に渡来した唐僧超然により創建された崇福寺は福州寺とも呼ばれ、竜宮門を思わせる三門や珍異奇巧を極めている第一峰門があります。
※「長崎市公式観光サイト「travel nagasaki」」より引用

大浦天主堂

幕末の開国後に長崎居留地に建設され、国内現存最古の教会として知られています。南山手グラバー通りに面して建ち、美しいステンドグラスが施されたゴシック様式の教会です。

1864年末に竣工した翌年3月、浦上の潜伏キリシタンが訪れ信仰を告白したことにより、世界の宗教史上にも類を見ない「信徒発見」の舞台となりました。建立直前に殉教した日本二十六聖人に捧げられた教会であり、天主堂の正面は殉教地である西坂に向けて建てられています。

1933年に国宝となりましたが、原爆による損傷の修復が完了した後、1953年に再度国宝に指定されました。また、2018年にユネスコの世界文化遺産に登録された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産のひとつとなっています。
※「長崎市公式観光サイト「travel nagasaki」」より引用

グラバー園

長崎港の大パノラマを見下ろす南山手の丘に位置し、異国情緒あふれる長崎屈指の人気観光スポットです。
国指定重要文化財の旧グラバー住宅・旧リンガー住宅・旧オルト住宅をメインに、市内に点在していた6つの明治期の洋館を移築し復元しています。居留地時代の面影を残す石畳や石段が、歴史や文化の香りを一層引き立てています。園内各所が花々で彩られており、いつどこを切り取っても絵になる空間ばかりです。

長崎市のランドマークである稲佐山を背景に長崎港を一望できる絶好のロケーションも自慢です。開港直後の偉人たちがこの絶景に魅せられたという話しも納得です。
※「長崎市公式観光サイト「travel nagasaki」」より引用

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